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太陽と月、地球の巡り。志賀高原の霧雨の中で感じた「調和」

先日8月13日の早朝。長野県の志賀高原にある平床(ひらとこ)という湿原に足を運んでいました。
午前7時。あたりはしっとりとした朝霧と霧雨に包まれ、その向こうから、朝の優しい太陽の光が粒子のように降り注いでいます。雨粒をまとって、高原の風に優しく揺れるヤナギランのピンクや、ひっそりと羽を広げるオオカメノキの実。下界の暑さを忘れさせるような、静寂に満ちた美しい時間でした。ただそこに佇むだけで、五感がみずみずしく開いて、自然のエネルギーが身体の細胞ひとつひとつに染み渡っていくのを感じます。

目の前の小さな命と、果てしない宇宙の響き合い

この数時間前、地球の裏側のヨーロッパでは、太陽が月に完全に隠される「皆既日食」が起きていました。
遠い異国の空が深い闇に包まれていた未明と、そのすぐ後に、日本の高原を満たしていたおだやかな光。その対比を想ったとき、遥か宇宙の天体が織りなす壮大なリズムと、足元から湧き立つ霧、空から恵みのように降る雨、そして今ここで健実に生きる植物たちが、すべて完璧な「調和」の中にあること気づき、ただただ美しいなぁと深く感嘆しました。

私たちは、目に見えないほど大きな宇宙の営みのなかに、確かに包まれて生きているのです。

果てしない宇宙のなかで、私たちは地球という一つの生命体の上で生かされています。
太陽が昇り、月が満ち欠けし、地球が自転を繰り返す。その大きすぎるほどの宇宙の波と、私たちの足元にある草木が朝露をまとう微細な変化は、実はすべて同じ一つのリズムで連動しています。目の前の小さな花びらも、ヨーロッパの空で起きた皆既日食も、そして今ここにいる私自身も、同じ宇宙の大きなバイブレーションのなかで、お互いに響き合っているのだと強く実感させられます。

ざわざわとした日常から、自分の中心(土台)へ

日々の生活の中で、私たちはつい頭で考えすぎてしまったり、日々の忙しさに追われて、丁寧さに翳り出て、思考や感情の波に飲まれてしまうこともあります。頭のなかがざわざわと忙しくなって自分の内側の声や、地球が奏でている静かな音が聞こえなくなってしまうこともありますよね。

けれど、こうして大地にしっかりと立ち、大地のエネルギーを感じながら深く根を下ろしていくと、バラバラになっていた心や身体の中心の軸が、自然とまっすぐに整っていくのを感じます。

霧を含んだ清らかな大気を深く吸い込んで、地球の息吹にゆっくりふれる。そうしてざわざわとした日常から一歩離れて、自分の内側のいちばん深い、静かな場所にそっと心の錨を下ろしていく。これこそが、私たちが本来持っている「中心に戻る」という感覚であり、地球と深くつながる心地よさなのかもしれません。

私たちの心や身体、そして自律神経のバイオリズムもまた、この太陽と月、地球、そして生きとし生けるものが織りなす大自然の巡りと、確かに深く繋がっています。私たちが不調を感じるときや、なんとなく心が晴れないときも、どこかで宇宙の自然なサイクルから少しだけ離れてしまっているだけなのかもしれません。自然から離れることは、自分自身から離れてしまうことでもあるのかもしれません。

自分の内側から、大自然の周波数と調和する

自分で自分を癒していく。

「身体・感情・思考・意識」
これらはバラバラのものではなく、すべてが繋がったひとつの循環です。

私たちの内側が自然のサイクルと再び調和したときに、本当の健やかさと自由が訪れるのだと、教えてくれたような気がします。外側の世界をコントロールしようとするのではなく、まず自分の内側を大自然の周波数と調和させていくことの大切さを、改めて深く実感した朝でした。

宇宙の大きな営みに生かされている安心感。

そんな優しく力強いエネルギーを、また日々のカイロプラクティックの空間や、富士山の麓でのネイチャーリトリートを通してみなさまと静かに分かち合っていけたら嬉しく思います。

自然のなかで身体をゆるめ、宇宙の壮大な愛に満ちたリズムに意識をひらく心地よさを、ぜひ一緒に体感しにいらしてくださいね。


しっとりとした夏の朝の、小さな記憶の記録でした。
みなさまの今日という一日も、心地よい調和と共にありますように。

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