2026年9月10日、西臼塚の森にてネイチャーリトリートを予定していました。
今回は参加者様がゼロという、とても静かな日でしたが私はいつものように準備をして、一人でこの時間を森で過ごしてきました。
参加者の方がいらっしゃるときとはまた違う、完全な静寂のなかで森と一体になる時間。そこには、一人で歩いたからこそ受け取ることができた、たくさんの美しい気づきと深い調律のプロセスがありました。
晴れの日には見落としてしまう、小さな世界の美しさ
当日のフィールドは、しっとりと小雨が降る森。そこには、晴れの日であれば通り過ぎてしまうような、いつもは見落としがちだった小さな世界が広がっていました。
水をたっぷりと抱えたみずみずしい苔。雨に濡れて色を深めた落ち葉。
ふと目を向けると、くちて崩れかけたキノコの陰に、宝石のように紫色のメタリックな輝きを放つ、一匹の小さな昆虫が静かに佇んでいました。その美しいきらめきに出会えたとき、雨の森が静かに隠し持っている生命の神秘に、そっと触れたような感覚を覚えました。
夏の花を咲かせ終えた百合が、雨粒を纏いながら青くふっくらとした大きな実を結んでいる姿。
砂利道の足元には、すっと繊細な茎を伸ばし、あざやかな紅白の小さな花を咲かせた野花が佇んでいます。ぐっと近づいて見つめてみると、雨露をまとった小さな蕾たちが、ぷっくりと美しく膨らんでいました。純白の小さな打ち上げ花火のように、ふんわりと優しい白い花が、綺麗に並んだ丸い蕾とともに静かな対比を見せてくれていました。さらに森の奥へと進むと、まるで小さな線香花火がパッとひらいたような、繊細な赤い軸を広げた植物の先に、艶やかに漆黒に熟した美しい実が並んでいます。
季節の移ろいもまた同じで、雨の森には驚くほどたくさんの種類のキノコが顔を出していました。まるで白い素麺や美しいサンゴが地面からまっすぐ伸びてきたような真っ白なキノコがひっそりと群生している姿。濡れた倒木の苔のあいだから、ゼリーのようにぷるぷるとした鮮やかなオレンジ色の輝きを放つキノコ。
ふと目線を上げると、中心は朽ちて大きな空洞になっているのに、その頭上には青々とした新しい葉をいっぱいに茂らせている、一本の生命力あふれる切り株が立っていました。役割を終えて手放していく姿と、そこから新しく生まれる命のエネルギー。
生えている植物や菌たちの違いがこれほど鮮やかに目につくなか、うっすらと霧が立ち込める針葉樹の人工林の近くを通り抜けたときには、雨の水分と混ざり合った、なんとも言えない深い香りを一瞬、鼻腔に感じました。
雨の森が露わにした多様な生命たちの大きな世界に、ただ静かに触れている。そんな贅沢な時間が流れていきました。

「大地とつながる」とはどういうことか、自分への問いかけ
ふと足元に目を落とすと、雨に濡れてしっとりと色を深めた、見渡す限りの落ち葉の絨毯が広がっていました。まだ青い葉、少しずつ黄色や茶色へと移ろいゆくカエデの葉、倒木の瑞々しい緑のコケ。
しっとりと濡れた、どこまでも静かに続いていく森の遊歩道。スマートフォンを脇に置き、ただ一歩一歩をその優しさに委ねて進めるうちに、足裏から土と落ち葉の柔らかさに包まれている、深い安心感が湧いてきました。
ただ広い空間のなかにポツンと一人でいるはずなのに、その巨木の前に立ち、広大な緑の天蓋を見上げると、なぜか大自然の大きな懐に優しく包まれ、見守られているような、言葉にならない安心感が胸の奥に広がっていきます。
「なぜ私は、こうして森に来ているのだろう」
「森で過ごすことの本当の意義とは何だろう」
静寂のなかで、大地とつながるとは、あるいは富士山とつながるとは、と自分自身に問いかけながら、その道を歩きました。
言葉を超えて、身体が先に受け取る安心感
その問いに対して、すぐに頭で理解できるような「言葉の答え」は、受け取れなかったかもしれません。
けれど、森を抜ける頃には、いつの間にか絶え間ない思考のざわめきが消え、心や頭がすっと落ち着きを取り戻している自分がいました。
言葉を超えて、身体と感覚が先に「安心」を受け取っている。
それこそが、富士山の森が持つ、本当の調律の力なのかもしれないと改めて感じました。
誰もいない雨の森は、ただ寂しい場所ではなく、圧倒的な命の循環と調和が息づく、美しく豊かな空間そのものでした。

【翌朝、午前3時35分の雨の決断】
西臼塚の森でたっぷりと静寂を味わった私は、翌朝の小富士の夜明けへ向かう準備を麓でしていました。
午前3時42分。最新の気象予報を確認すると、山の上は歩行すら危険を伴う暴風雨の予報が出ていました。
自然の大きなサイクルに沿って生きるリトリートだからこそ、私はここで「自然の営みに抗わず、無理をせず引き返す」という決断をしました。コントロールできない大自然の力をありのままに受け入れ、安全を最優先に守る。それもまた、このネイチャーリトリートが大切にしている「調律」の大切な一面です。
まだ雨が降っているけれど、夜の暗闇から世界がゆっくりと光を帯びて明るくなっていくのを静かに感じながらふと、私自身がずっと大切にしている「すべてを見通す太陽と月の光」の視点が頭をよぎりました。目に見える太陽や月の姿は、分厚い雨雲の向こうに隠れていてもその上には確かにいつもと変わらない大いなる日の出と月の出のバイオリズムが存在している。見えなくても、そこにある。のんびりと帰る車中で、深い感謝と安心感が広がっていました。
安全に自宅へ戻りついたのは、ちょうど本来の日の出を迎える午前5時20分過ぎのことでした。
物事はいつも、完璧なタイミングで流れています。
場はいつでも、完璧なタイミングであなたを待っています。
次回の名月コース(9/25-26)、そして10月のリトリートで、この確かな安心と静寂を必要な方と分かち合えることを、心より楽しみにしております。
【現在募集中】
ネイチャーリトリートは、日常のスピードを一度緩めて、ご自身の美しいセンサー(心の声や直感)を思い出すための特別な時間として開催しています。
お一人おひとりの心の状態にどこまでも丁寧に寄り添うため、公募 & 平日個別枠を受け付けています。





