診断名の「奥」に横たわる、十人十色の内なる響き
首が痛い、肩が重い、腰がつらい、便秘が続く、どれだけ寝ても疲れが抜けない……。
私たちは身体に不調を感じるとき、つい「何という病名か」「何が原因か」という分かりやすい答えを求めたくなります。病院へ行けば、何らかの「診断名」がつくかもしれません。しかし、たとえ同じ診断名がついていたとしても、その症状が語っている中身は、一人ひとり異なります。
診断名は、あくまで表面に現れた現象につけられた「ラベル」に過ぎません。そのラベルの「奥」には、その人がこれまでどんなリズムで歩み、何をこらえ、どんな感情を身体のどこに預けてきたのかという、それぞれの物語があります。
身体の不調は、いわば内側からのサインです。
「外側の正解」に自分を合わせようとして、内なる「本当の声」を置き去りにしてしまったとき、身体は痛みや重さという言葉を使って、私たちに何かを伝えようとします。そのラベルのさらに深い場所にある、あなたの本音に触れていくプロセスを大切にしています。
「パチン」という響きが、心の層を抜けて届く
先日、張り詰めた気持ちを抱えて来院されたAさん。これまで多くの整体やマッサージ、カイロプラクティックを経験されてきたAさんは、私の施術方法―アクティベータ・メソッドを初めて目にしたとき、少し戸惑われたご様子でした。
「パチン」という、器具によるわずかな振動。とっても優しいので、これだけで変化するの??と思われる方は少なくありません。
ぎゅうぎゅうと体重をかけることも、強く揉みほぐすこともしません。この繊細な刺激の目的は、筋肉を外から無理に変えることではなく、神経系へ正確な「信号」を送り、身体の奥に眠る「知性」を再起動させることにあります。
強い刺激は時に身体を防御(緊張)させますが、この優しい響きは、身体の警戒心をすり抜け、より深い層へと届くように感じています。施術が進むにつれ、Aさんの強張っていた呼吸が少しずつ深く、静かなものへと変わっていくの分かりました。
一方通行ではない、心身の滞りを紐解く「セッション」
ここで過ごす時間は、単に技術を提供する場ではなく、今その方に起きている「引っかかり」を共に共有する “セッション” だと感じています。
私が分析しているのは、身体の「スムーズさ」です。どこに固さがあり、どこで流れが停滞しているのか。それを見つけ、適切なポイントにパチっと刺激を届けていく。その過程で、Aさんは最近のご自身の状況をぽつりぽつりと話し始めてくださいました。
会話を重ねる中で、Aさんが「あぁ、自分はそう感じていたんだ……」と、ご自身の本音を言葉にされた瞬間がありました。その直後、「あ、肩が楽になっている」と、身体の変化をリアルタイムで感じ取られたのです。
言葉は、せき止めたエネルギーを解放する「鍵」
肩の辛さが、話されていた内容とどう具体的に結びついていたのか。私には分かりません。ただ、表現しきれなかった、あるいは無意識に「奥」の方へせき止めてしまったエネルギーの流れは、「言葉にして外へ放つ」ことで動き出し解放へと向かいます。
ですので、立派なエピソードを話す必要も、過去を分析して原因を突き止める必要もありません。通ってきた経過や目にした結果から『納得のいく物語』を作ろうとしなくてもいいのです。
まとまりのない感じや、答えの出ない考えのつぶてを、そのまま外へ放ってみる。
意味を求めず、ただ『放つ』ことで、せき止められていた流れが動き出します。気持ちに近い言葉が紡がれ、自分自身の耳で聴き納得する、または、違う気がする…
大切なのは、言葉になる前の「思索の間」なのかもしれません。
それは、日常の会話とは異なる、ある種「客観的な解説者」のような自分に対しての丁寧な観察、丁寧な表現になることがあります。いつもの思考パターン(同じ結論になりがちな話)から離れ、異なる視点で自分を捉え直す。その瞬間、身体の緊張も共に解けていくのだと思います。
「沈黙」もまた、大切な対話の一部
もちろん、何かを無理に話さなければ良くならない、というわけではありません。話したいときもあれば、沈黙の中にいたいときもある。私自身、自分の気持ちを言葉にすることには非常に慎重なタイプです。
だからこそ、お客様がぽつりぽつりと零してくださる言葉を、あるいは言葉にならない「沈黙」さえも、大切にお預かりしたいと思っています。話すと何かを手放せて、身体も少し楽になるカモ。それくらいの、ハードルの低い「実験」のような気持ちで、この時間を自由にお使いください。
身体を整え、内側の静寂を養った先に、どのような道を歩むのか。その選択があなた自身の内側から自然に湧き上がるのを、静かに待ってみる。深い呼吸と共に、あなたの大切な中心へと還る時間を、どうぞゆっくりと体感してください。





