趣味のスノースクートで雪山を滑っているとき、小さな違和感に気がつきました。
スノースクートを簡単に説明すると、雪の上で乗るキックボードのような乗り物です。ハンドルで進行方向をガイドしながら、自転車のようなフレームがついたボードの上で両足の「荷重」によってエッジを操作して滑ります。
最初の蹴り出し、そして自分の重心が今どこにあるか。その繊細な感覚が滑りを左右するのですが、どうも左足にうまく体重が乗らないのです。自分ではしっかり踏み込んでいるつもりなのに、雪面を捉える感覚が右足に比べてどこか希薄。必死に雪を蹴り出そうとしても、なんだか空回りしているような、頼りない感覚が拭えませんでした。
「筋力が落ちたのかな」つい力技で解決したくなりますが、カイロプラクターとしての私は、別の可能性を考えました。「あぁ、これは私の脳が、左足に対しての『ピント』がボケてしまっているんじゃないか」と。
脳の中の「古くなった地図」
私たちの脳は、目をつぶっていても自分の手足がどこにあるかを知っています。これは神経系を通じた「固有受容感覚」という情報のやり取りのおかげです。 脳の中に「身体の地図」があるようなイメージですね。しかし、その情報の通り道である「脊髄神経に、機能不全(サブラクセーション)というノイズが混じると、脳と身体の間で「電波の悪いビデオ通話」をしているような状態になります。 画像が荒く、声が遅れてくるみたいな。現場(左足)からの報告が正しく届かないのです。
すると脳は、今の正確な状況がわからないので、仕方なく「ピントの合っていない写真」のような情報を頼りに、手探りで身体を動かそうとします。「左足はここにあるはずだ」「このぐらいの出力で十分だろう」と通信環境が悪いために、脳内の地図のピントが合わせられない。実際、左足の位置や出力にズレが生じる。これが、脳と身体の「すれ違い通信」の正体、「脳と身体のミスコミュニケーション」です。脳は常に『最新の自分』を確認しながら動きたいのに、通信ノイズのせいでそれが叶わない。すると、脳は仕方がなく過去の記憶や推測で身体を動かし始めます。これが、私たちの身体のなかで起きている『ピントのボケ』のメカニズムではないかと私は考えます。
この「脳と身体のすれ違い」は、何も雪山のような特殊な環境だけで起きるわけではありません。これは、日常のなかにも潜んでいます。何もない平らな場所でつまずいたり、階段で思ったより足が上がっておらず爪先をぶつけたり。それらは、そんな日常の些細な「おっと」という瞬間も、脳の中の地図がおかしくなっているサインかもしれません。
「代償動作」という健気な誤解
脳はこのピントのボケを無理やり「根性」とかで補おうとします。左足がうまく使えないと分かると、脳は無意識に右足や腰に「左足の分も頑張れ」と過剰な指令を出し、これが「代償動作」となるのです。
本来の役割以上の仕事を押し付けられた右足や腰は、やがて悲鳴を上げ、別の場所の痛みとして現れます。スノースクートで言えば、左足の頼りなさを腕の力や腰の捻りでカバーしようとして、結果的に全身がガチガチに疲れてしまうようなものです。
「ただの筋力不足」や「年齢のせい」で片付けてしまうには、身体はあまりに健気で、そして複雑です。
「つながり」の感度を取り戻す
実際、その場で誰かにアジャストメント(調整)を受けれたわけではありません。しかし、この視点を持つだけで、身体への向き合い方が変わります。
「もっと強く踏む!」と左足にムチを打つのをやめ、「今、左足はどこにいて、雪をどう感じているのか?」と、脳が現場のレポートを丁寧に拾いに行くような、確認するイメージで何度か滑ってみる。すると、強張っていた身体の力みがふっと抜け、空回りしていた左足が、スッと雪面を捉え始めたのです。
頑張って踏ん張るのではなく、脳が足の状態を正しく理解することで、身体は本来の機能を取り戻していく。
カイロプラクティックのアジャストメントは、まさにこの脳と身体の対話のノイズ。つまり、つながりを遮るものを取り除き、風通しをよくする作業だと私は考えています。
身体の「言い分」に耳を貸す
知識としては分かっていても、自分の身体でそれを実感しようとするとき、私も皆さんと同じように一人の「実践者」として試行錯誤を繰り返します。「あれ?」と戸惑いは、理論が腑に落ちる大切なプロセス。そうやって身体の声に深く耳を澄ませる日々です。
身体が思い通りに動かないとき、それは身体がサボっているのではなく、ただ脳とのコミュニケーションがうまくいっていないだけ。そう思うと、なんだか自分の身体が愛おしく、健気に思えてきませんか。
まずは背骨を整えて、脳と身体の「すれ違い通信」を修復してみませんか。
そうして「一致」したときの心地よさは、淀んでいた視界がパッと開けるような、あるいは重たかった足取りが嘘のように軽くなるような、自由で清々しい感覚を連れてきてくれるはずです。






