理由のない不調は、身体からの知らせ
「眠ったのに、疲れがとれない」
「身体が重く、頭が冴えない」
「元気が出ない、気分が落ちている」
「病院の検査では『異常なし』と言われたけれど、不調が消えない」
「些細なことでイライラして、そんな自分にまた自己嫌悪を感じる」
もしあなたが今、このような感覚を抱えているのなら、それは決してあなたの意志が弱いからでも、怠けているからでもありません。環境の変化、あるいは、息つく暇もないほど忙しく追われる毎日の中で、あなたの身体は静かにメッセージを発信し続けているのです。
これらの自覚症状は、いわば身体からのお知らせです。そこには、「今、心身のバランスが崩れかけているよ」という重要なサイン。私たちは、このサインを無視して走り続けることもできます。しかし、誤魔化しが効かなくなるほど疲弊し、心身の機能が限界を迎える前に、立ち止まってその声に耳を傾けることが何より大切です。
身体に宿る「イネイト・インテリジェンス」とは
カイロプラクティックの哲学の根幹には、「イネイト・インテリジェンス(先天的・内的な生命の知性)」という考え方があります。これは、私たちが意識せずとも心臓を動かし、食べたものを消化し、傷口を塞ごうとする、生命そのものが生まれ持っている驚異的な調整能力のことです。
人体は、私たちが想像する以上に繊細で絶妙、そして綿密な構造をしています。この「内なる知性」が十全に発揮されていれば、私たちは少々のストレスや疲労があっても、自らの力で元の健やかな状態へと戻ることができます。しかし、神経の通り道である背骨に過度な負担や緊張が生じると、脳と身体のコミュニケーションが阻害され、この内なる知性がうまく働かなくなってしまうのです。
眠っても疲れがとれない、頭が冴えないといった状態は、まさにこの「源泉」が滞っているサインといえるでしょう。
施術者が「治す」のではなく「知性を邪魔しない」という在り方
カイロプラクティックにおける施術の役割は、施術者が何かを「治してあげる」ことではありません。カイロプラクター(カイロプラクティック施術をする人)は、背骨という生命の柱を通じて、滞っていた神経の流れを整え、眠っていた「イネイト・インテリジェンス」を目覚めさせるお手伝いをするだけです。背中をそっと押すような存在です。
ここで何より重要なのは、受け手であるあなた自身が、自分の身体を「信頼」することです。「早く治さなければ」と結果をコントロールすることに躍起になったり、逆に「もう若くないから」と諦めモードになったりすることは、実は「生命の知性」を邪魔することに繋がってしまいます。
身体は、私たちが「~しなきゃ」という執着や理性のこわばりをふっと手放したとき、驚くほど「良しなに」やってくれるものです。人体は時に、現代医学の常識を超えた奇跡を起こすことがあります。それは外から与えられた魔法ではなく、あなたの中に最初から備わっている力が、ただ再び解き放たれた結果なのです。
自分という生命を慈しむ、心地よい「責任」
この生命の源泉を豊かに保つことは、この身体を持って今という時間を生きる私たちの、大切な役割であると私は考えます。それは自分を厳しく律することではなく、自分という生命を慈しみ、その可能性を最大化するという、前向きな意味での責任です。
だからこそ、カイロプラクティックを利用して、神経系をクリアにし、そこから積極的に睡眠・食事・運動を彩りよくしていくために少しずつ生活を見直していく。
カイロプラクティックを日常に取り入れることは、カラダとココロに向き合うことができる最適なものではないかと私は思っています。






