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【水・海】大地の器にたたえられた静けさと日常への「統合」

身体を芯から潤し、洗い流してくれる湯水の恵み

前回のブログでは、過酷な原野を拓いた先人たちの開拓民精神や、人間社会の割り切れなさを包み込む火山の圧倒的な力から、自らの本質に根を下ろす「グラウンディング」についてお話ししました。

私たちの人生の土台を支えてくれるその力強い大地は、同時に、私たちの心身を芯から潤し、優しく洗い流してくれる、豊かな「水と温泉」の恵みを絶え間なく湧き出させてくれていました。

私の暮らす富士山の麓は、豊かな湧き水の地でもあります。そんな日常を少し離れて、北の大地を巡るなかでも私たちは至る所で温泉や、清らかな湧き水を巡り、いただいてきました。

旅の始まりを告げたフェリーでは、水を持ち運ぶ技術に敬意をはらいながら、少し荒れ模様の海を見つめながら入る夕陽の中の露天風呂。

知床の最果て、波がすぐそこに迫る海岸の相泊温泉。屈斜路湖畔の砂を掘ると温かい湯が染み出してくる砂湯、野趣に包まれた和琴温泉。そして帯広で出会った、太古の植物の恵みが溶け込んだオベリベリの優しいモール温泉。

それぞれの場所で、地球が幾年もの歳月をかけて温め、濾過してきた湯水に身体を浸たす喜びを感じました。その土地との距離が近くなるような感覚。

ただ見つめることで満たされる、広大な水面

同時に、今回の旅では本当にたくさんの美しい「湖や水脈、そして海」をも巡りました。

サロマ湖、屈斜路湖、阿寒湖、支笏湖といった広大な湖たち。オホーツク海から太平洋へと繋がる釧路海峡。そして知床五湖の原始的な水の気配や、岩肌を豪快に流れるオシンコシンの滝、断崖からオホーツク海へとただ静かに滴り落ちるフレペの滝。

その大きな大地の器に湛えられた水たちの前で、私たちは直接その水に触れることはできませんでした。直接触れることはできなくとも、ただその圧倒的な静寂や、ダイナミックな生命力を湛えた水面を見つめ、その前に佇んでいるだけで、私たちの内側は不思議なほど清らかなエネルギーで満たされていきました。人間側の都合で自然をコントロールしたり消費したりするのではなく、ただそこにある果てしない広大さに身を委ねる。それだけで、言葉を超えた深い対話が成り立っているようでした。

そして今回の旅で、温泉と同じくらい大事に時間をとったのは北海道各地の神聖な「湧き水」を巡る時間でした。実は、道中で10数箇所の湧き水スポットや神社、自然の水を汲める場所を訪ねることができました。

私たちが旅の中でそっと触れさせていただいた、北の大地の美しい水脈たちをここに少しだけ並べると、羅臼権現水、来運の水、神の子池、阿寒百年水、幌鹿の岩清水、千歳神社 幸井(さちい)の水。

スパや市販のミネラルウォーターのように、人間が管理し、温度や成分をコントロールした快適さとは違います。大地の奥深くから、地球の都合で滾々と湧き出るお湯、そして何十年もの歳月をかけて岩肌から染み出す冷たい水。そこには、地球の純粋な生命力がそのまま脈打っています。

その自然そのものの温もりと清らかさに身を委ね、水に触れ、お湯に身体を浸していると、日々の効率や生産性を求める社会の中で、無意識のうちに皮膚の感覚まで硬く防衛していた緊張が、じわじわと解けていくのが分かりました。

毛穴のひとつひとつから大地のエネルギーを吸い込み、溜め込んでいたノイズが水へと還っていく。それこそが、私たちが日々お身体に触れるケアやネイチャーリトリートという場で皆様と共有している、「心身をクリアに浄化する」ということの本質なのでは、と、私自身実感してきました。

旅の記憶を車内に乗せて、我が家への帰路

最北端の宗谷岬から、知床、十勝、そして各地のビジターセンターを巡り、北の大地の原始の営みと人間世界の割り切れなさを等身大で見つめ続けた2週間。あまりにも濃厚だったその旅を終え、私たちはついに北海道を離れるフェリーへと乗り込みました。

フェリーが15時過ぎに新潟の港へと着き、そこから上越方面へと車を走らせる、長い長い家路のドライブ。

フロントガラスの向こう、日本海へとゆっくり沈みゆく夕陽は、とても大きく強烈に感じました。
大きな黄金色の温かな光が車内を優しく満たし照らしていました。

私はこの長い旅で出会った景色、植物や動物たちの逞しさ、そして人間のエゴが引き裂いた歴史の現実すらも、あの太陽がこの大地が大きな愛ですべて等しく包み込んでくれているのだと感じていました。

旅先という「非日常」の中で、私たちの意識は大きくひらかれ、たくさんの美しい気づきを受け取ります。

旅先で感動して終わるだけではなく、その広がった地球規模の大きな視点を、他人に明け渡すことなく、薄めることなく、自らの体内に宿したまま、自分たちのいつもの「日常」へと地続きで還っていくこと。

これこそが、変容を人生に定着させるための「統合」という大切なプロセスのひとつなのだと静かに教えてくれているようでした。

富士山の朝焼けに還る ~新しい日常の始まり~

そして新潟から車を走らせた、次の日の早朝。ついに辿り着いた我が家のすぐそばで、静かに迎えてくれたのは、田植えを終えたばかりの水田に淡いピンク色の朝焼けを映し出しながら、ただそこに厳然と佇む、いつもの富士山の姿でした。

最北の最果てからずっと繋がってきたあの光のバトンが、巡り巡って、私たちの日常の原点であるこの景色へと、優しく、力強く着地した瞬間。

見慣れたはずの富士山が、旅に出る前とは全く違う、神聖さと包容力を持ってそこに佇んでいるように見え、そして安心しました。北の大地で広げた大きな視点が、富士山の麓という「いつもの、しかし新しく刷新した日常」へと統合されたような夜明け。それは、これまでの古い意識がどこか終わりを告げ、自分の本質からまた新しく生きていくための、深い祈りに満たされる時間でした。


全5回にわたってお届けしてきた、北海道の旅の記録。

日々提供しているカイロプラクティックやネイチャーリトリートという場の根底にあるのは、まさにこの旅で体感した「宇宙のサイクルとの同調」「神聖な境界線の自律」「内なる自律的な調和」「足元へのグラウンディング」、そして「日常への統合」というものです。

現代社会のシステムの中で、もし今、貴方の心や身体がどこか強張り、外側の正解に迷いそうになっているなら、いつでもこの場へ、ご自身の「本質」を取り戻しにいらしてください。大自然も、貴方の内なる生命力も、いつでも変わらない大きな愛で貴方を待っています。

2026年夏の力強い光が、皆様の心と身体、そして本質的な歩みを、これからも嘘偽りなく優しく照らし続けてくれますように。

5日間にわたり、この旅の物語を共に歩んでくださり、心から感謝いたします。今日も美しい、素晴らしい1日をお過ごしください。

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